
映画「えんとつ町のプペル 約束の時計台」レビュー|前作が普通だった僕が続編で号泣した話
前作「えんとつ町のプペル」の正直な評価
まず前提として、2020年公開の前作『えんとつ町のプペル』の評価を正直に書いておきます。
結論から言うと、良くも悪くもない、普通の映画でした。
どうしても「芸人・西野亮廣さんが作った映画」という印象が拭えなかったのが正直なところです。映画としての完成度は悪くないけれど、純粋に作品だけで評価するには少し難しかった。
ただ、それでも前作には特別な思い入れがあります。
劇中でルビッチが言うこのセリフです。
「どうしてみんな笑うんだよ。見てもいないのに。やろうともしないで笑うな」
これはたぶん、西野さん自身が経験したことが投影されているんだと思います。芸人が絵本作家を目指した時、周りは馬鹿にしていた。相方の梶原雄太さんも実際にそのことを口にしていました。
当時の僕は、イラストの「イ」の字も知らない状態で「絵で生きていく」と決めていました。誰もが簡単になれる職種じゃないことは分かっていたし、物凄く不安だった。それでもこの言葉が背中を押してくれました。
あれから5年。今はアートに関わる障がい者雇用枠で実際に働いており、カレンダーの商品化も実現しました。
映画としては「普通」だったプペルに思い入れがあるのは、そういう理由です。そんな経緯もあって、今回の続編も迷わず映画館で観ることを決めました。
映画「えんとつ町のプペル 約束の時計台」のあらすじ
2026年3月27日公開の本作は、前作の続編です。
プペルを失い、信じる心を諦めかけていたルビッチが、異世界「千年砦」に迷い込みます。そこで出会った新たな相棒・モフと共に、11時59分で止まったままの時計台を動かすべく奮闘する——というのが大まかな流れです。
前作を観ていなくても楽しめる構成にはなっていますが、観ておいた方がより深く感情移入できると思います。
終盤のルビッチのセリフに涙が止まらなかった
映画を観て一番刺さったのは、終盤のこのセリフです。
「大切な人を待っていても来ないのだったら、諦めて忘れることにした。でもそれじゃいけなかった。大切な人が戻ってくるのを信じて待っていなければならなかったんだ」
このセリフを聞いた瞬間、涙が止まらなくなりました。
僕は母が癌で亡くなった時、「こんなに別れが辛いなら一緒に亡くなりたい」と思っていました。しばらく経ってからも、「母のところへ行きたい」という気持ちが強く湧いてくる時期がありました。
でもそれは、諦めなんですよね。
また母に会えると信じて、強く楽しく生きていく。それが正解なんだと、このセリフを聞いてルビッチと自分を重ねながら改めて思いました。
マジックをやっている僕が気づいた「ミスリーディング」の仕掛け
少し違う視点からも書いておきます。
僕はマジックをやっているので気づいたのですが、この映画にはミスリーディング(観客の視点を意図的にずらす技法)の要素が仕込まれています。西野さんが意図したのかどうかは分かりません。でも僕はまんまと騙されました。
ある人物たちの正体が「???」のまま進んでいくシーンがあるんですが、謎が明かされた瞬間に「なるほど、そういうことか!」と腑に落ちる構造になっています。マジックのタネ明かしと全く同じ快感です。
ADHDの僕が観て、ストーリーについていけたか?
正直に言います。基本的に矛盾点はほとんどなく、ストーリーには最後まで夢中になれました。
ただ、先ほどのミスリーディングの部分で「この人たちは一体何者なんだ?」と一時的に混乱する場面はありました。でも最終的にはちゃんと解き明かされるので、ご安心を。観終わった後の満足感はしっかりありました。
「えんとつ町のプペル 約束の時計台」レビューまとめ
前作が「普通」だったという評価だったぶん、正直なめていた部分がありました。でも今回は違いました。
映画としての完成度は前作を超えていると思いますし、個人的には思わず涙する場面があった良作という評価です。
賛否両論ある作品ですし、西野さんへの好き嫌いが評価に影響してしまうのは前作同様かもしれません。でも僕は間違いなく「賛」です。
まだ観ていない方には、ぜひ映画館での鑑賞をおすすめします。特に大切な人を亡くした経験がある方や、夢を追いかけている途中の方には刺さる作品だと思います。
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